徳島地方裁判所 昭和36年(行)5号 判決 1966年2月21日
原告 瀬川定男 外一名
被告 板名用水土地改良区
主文
一、被告が、原告瀬川定男に対して、昭和三一年ないし同三五年各一、二期分の被告土地改良区費の滞納処分として、別紙第一目録記載の土地につき、昭和三六年七月二五日なした公売処分を取消す。
二、被告が原告瀬川安次郎に対して、昭和三一年ないし同三五年各一、二期分の被告土地改良区費の滞納処分として、別紙第二目録(二)記載の土地につき、昭和三六年七月二五日なした公売処分を取消す。
三、原告のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
事実
当事者双方の申立、主張、立証は別紙掲記のとおりである。
理由
一、請求原因一ないし四の事実は当事者間に争いがない。
二、1、賦課処分の違法性
原告らは、賦課処分に違法があれば、これを前提としてなされた滞納処分は当然違法というべきであるから賦課処分の違法も滞納処分の取消事由として主張し得るものであるというので、まづこの点から考えてみることとする。
思うに土地改良区のその組合員に対する区費の賦課が行政処分であるとすれば、一般に賦課処分と滞納処分とは別個独立の手続であつて、その間にいわゆる違法の承継は認められないから、賦課処分が当然無効であるか、取消されないかぎり、賦課処分の違法を理由に滞納処分の取消を求めることはできないものとされているから、果して土地改良区の組合員に対する区費の賦課が行政処分であるか否かを検討してみる。そもそも土地改良法(昭和二四年法律第一九五号)は耕地整理法(明治四一年法律第三〇号)と水利組合法(明治四一年法律第五〇号)の一部を包括綜合し、農業経営を合理化し、農業生産力を発展させるため、農地の改良、開発、保全および集団化を行い、食糧その他農産物の生産の維持増進に寄与することを目的として立法されたものであるところ、耕地整地組合の組合費賦課の不服については耕地整理法第六一条第六号、第七一条、第八三条に、水利組合の組合費賦課の不服については水利組合法第五九条第一項、第三項にそれぞれ行政上の手続による救済のみちが開かれていたことが窺知でき、右の各組合の組合費の賦課はいわゆる行政処分と観念されていたものと解せられるが、昭和三七年法律第一六一号による改正前の土地改良法には土地改良区の賦課する区費を確定させる行政処分の定めがなされていなかつた。しかして行政不服審査法の制定にともなう右昭和三七年法律第一六一号による改正後の土地改良法には、その第四五条の二に行政不服審査法第六条第一号の規定により異議の申立てをすることができる旨明定されたから、右改正法施行後は土地改良区の区費賦課は行政処分とされたものと解せられる。そこで昭和三七年法律第一六一号による改正前の土地改良法施行当時の土地改良区の区費賦課(本件は正しく当時の賦課である。)が果して行政処分であつたか否か疑なきを得ない(新潟地方裁判所昭和三七年一一月三〇日判決、第一三巻一一号は土地改良区の区費賦課を行政処分と解している。)が、当裁判所は法律に明文がなかつたから、土地改良区の区費賦課は行政処分ではなく、したがつて賦課される区費債務の存否、その債務の範囲確定のためには組合員の側から民事訴訟を提起し得たものと解する。(もつとも成立に争いのない乙第七四号証―被告改良区の定款第四七条には「賦課金の賦課を受けた者はその賦課の算定に異議があるときはその賦課を受けた日から七日以内に理事に対し異議を申立てることができる。」旨の規定があるが、定款にかような定めがあるとしても右解釈のさまたげにはならない。)
そうだとすると土地改良区の区費の賦課につき違法があり、その違法が滞納処分に影響を及ぼすかぎり、これを滞納処分の取消事由として主張し得るものと解するのが相当であるから、以下順次原告らの主張する賦課の違法の有無につき判断を加えることとする。
(一) 溜池に対する賦課
原告は、原告定男所有の板野郡西分字法師窪二七番溜池一反二畝二四歩につき区費を賦課したのは違法であると主張するので考えてみるに、証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認める乙第一号証の一ないし四と同証言によれば、区費が賦課されているのは右一反二畝二四歩のうち五畝二四歩についてのみであるところ、なるほど公簿上の地目は溜池であるが、少くとも右五畝二四歩は現況農地であること、しかも右五畝二四歩については昭和一三年三月被告改良区の前身である紀念板名普通水利組合に対し原告定男名義(おそらく原告定男の親権者原告安次郎において代理したものと推定される)をもつて右水利組合区域編入申請がなされ、該申請にもとづいて、右水利組合が編入地に必要なる水路は申請者において新設することを条件に、右農地部分のみを組合区域に編入し、以後昭和三〇年までは原告定男から異議なく区費が納付されてきたことが認められ、右認定に反する原告定男本人尋問(第一回)の結果は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。したがつて被告改良区の原告定男主張の右溜池に対する賦課には何らの違法はないというべきである。
(二) 非耕作者に対する賦課
また、原告らは、区費は耕作者に対して賦課すべきであるのに一部原告らが耕作していない土地に対して区費を賦課した処分は違法であると主張し、それがどの土地であるかに関し具体的な主張をしないが、弁論の全趣旨から右土地というのは原告定男所有の同所法師窪二二番の三、四、君ノ木五五番の三(一反二畝六歩のうち七畝)、原告安次郎所有の小路北三七番の一と解せられるところ、証人西村雄三郎の証言(第一、三回)によつて真正に成立したものと認める乙第二七号証の一、二、第二八号証の一、二、三、第二九号証の一ないし四、第三〇号証の一、二、三と同証言によれば、原告定男所有の各農地については区費を賦課したことはなく、原告安次郎所有の右小路北三七番の一、一反四畝八歩のうち二畝歩については昭和三四年四月原田高好より同原告に返却されたため、同年度からの区費が賦課されるに至つたに過ぎないことが認められ、右認定に反する証拠はないから被告改良区の原告ら主張の各農地に対する賦課には何らの違法はない。
(三) 等級の違法
原告らは、原告定男所有の同所法師窪二八番、二九番の農地は三等地であるのにこれを二等地として賦課し、原告安次郎所有の同所西分小路北一九番、原告定男所有の同所二一番の二、二三番の一、二五番の三、二六番の三、四、三七番の一、の各田はいずれも従来の一等地から二等地に等級を改めるべきであるのに、従来どおり一等地として賦課したのは違法であると主張するが、賦課金全部の存否自体を争う場合はともかく、もともと滞納処分は賦課手続とは別個独立の処分であるから、滞納処分の基本となる賦課金の僅少な一部にあやまりがあつたとしても(それが滞納額の大半に当る場合であれば格別)、滞納処分自体までも取消さねばならないような瑕疵にはならない(もつとも公売後換価代金配当の際不当利得金として返還請求できることもあろう。)と解するのが相当で、仮に原告らの主張するように賦課金の一部に、あやまりがあつたとしても、それは賦課金の僅少な一部に過ぎないものであることが、原告らの主張自体から明らかであるから本件滞納処分自体を取消すべき事由とはなし難い。
(四) 賦課金額の違算
原告らは昭和二九年一一月付被告改良区の定款に基づく区費賦課徴収規定(六階級の賦課等級)によつて賦課金を算出すべきであるのに、被告はこれと異つた賦課をなしているから、賦課金額に違算があると主張する。
しかし証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認める乙第一三号証の一、二、三、第一四ないし第二五号証の各一、二、と同証人の証言(第三回)によつて真正に成立したものと認める乙第七五、七六号証の各一、二と同証言(第一、三回)を綜合すると、被告改良区は改良区に組織変更された昭和二五年の翌年すなわち昭和二六年五月の通常総代会において、被告改良区の前身である紀念板名普通水利組合当時の組合費反別割課率、一等地から八等地までの八階級による賦課等級を、六階級による賦課等級に改めること、ただしその実施は区域内全般にわたる賦課等級改訂のための調査をなしたうえ、右改訂が確定した後にすることを決議したが、右調査も予算の都合で行われず、また右六階級による賦課の実施が困難であることも判明し、昭和三〇年度までは前記水利組合時代の八階級による賦課を踏襲し、年々総代会において各等級の一反歩課率を決議してきたこと、しかして昭和三〇年七月二〇日の臨時総代会において前記六階級による賦課等級はこれを実施しないこととし、新に一等地から四等地までの四階級による賦課等級を定める旨の決議をなし、等級改訂調査委員会を設けて実地調査をなしたうえ、翌昭和三一年度より右四階級の基準により賦課金を算出しているものであることを認めることができ、甲第三〇ないし第三二号証も右認定をくつがえす証拠とはならない。
右事実に徴すれば、被告の賦課は適法な総代会の決議に基く賦課等級によつて算出されたものであつて、一度も実施されたことのない前記六階級の賦課等級によつて賦課すべきことを前提として、賦課金額に違算があるという原告らの主張は採用のかぎりでない。
2、差押処分の違法性
そこで、原告らの主張する本件差押処分の違法事由の存否につき、その主張に従つて順次検討を加えることとする。
(一) 督促の有無
当裁判所が真正に成立したものと認める乙第三八ないし四三号証の各一、二、同第四四、四五号証、成立に争いのない同第四六号証と証人西村雄三郎の証言(第一、三回)によれば、被告改良区は原告らが本件各区費賦課金をいずれもその納付期限までに納入しなかつたため、各納付期限後間もなくその都度係員をして所定の督促状用紙に所要事項を記載せしめて、これを作成し、他の滞納者の分とともに一括してその送達方を板野郡上板町に委託し、同町吏員がいずれもその頃これを原告らにそれぞれ送達して各督促をしたことを認めるに足り、右認定に反する原告本人瀬川定男の供述(第一、二回)はにわかに措信できず、他に右認定を動かすにたる証拠はない。
よつてこの点に関する原告らの主張は失当である。
(二) 農地差押の通知の有無
原告らは、本件差押にかかる農地はいわゆる条件付差押禁止財産であるから被告改良区はその差押に当つて原告らに対し代替物件の提供を促すため、農地を差押える旨予め通知する義務があるのにこれを怠つたと主張するけれども、およそ滞納処分として滞納者の財産のうち、どの物件を差押えるかは一応徴収職員の裁量に委ねられているものであり、例外的に農地等特定の財産につき滞納者が代替物件(滞納金の金額を徴収することができる財産で換価が困難でなく、かつ第三者の権利の目的となつていないもの)の提供をなしたことを条件として農地等の差押をしないとされているに過ぎないのであるから、右条件付差押禁止物件の差押に当り、徴収職員において予めこれを滞納者に通知すべき義務があるものとは到底解し得ず(差押後滞納者が代替物を提供したときは徴収職員は差押を解除しなければならないとされているのであるから、何ら滞納者の権利利益を侵害するものではない。)原告らの主張は独自の見解で失当といわねばならない。
(三) 差押調書の作成とその謄本送達の有無
証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて真正に成立したと認められる乙第五三、五四号証と同人の証言によれば、本件各差押に当つてその差押調書が作成されたことは優にこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。また、原告らは、差押調書の謄本が送達されていないと主張するが、不動産の差押については滞納者に対してその差押書が送達されることになつてはいるが、滞納者に対する差押調書の謄本の交付は必要とされていないのであるから、右謄本が原告らに送達されていないからといつてその差押処分を違法とするいわれはない。
(四) 差押書の署名、捺印の有無
成立について争のない甲第四二号証の記載に徴すると、原告瀬川安次郎(瀬川喜平は同原告の別名)関係分の差押書には同原告主張のように被告代表者理事長の記名のみがあつてその捺印がないことが認められるが、およそ、差押書に作成者の押印がないからといつてただちにその差押書を効なきものとなすべき理由はなく、要は差押の事実、差押財産、差押に係る滞納税額を滞納者に了知せしめれば足るものであるから、右事項等の明示が欠けていないかぎり差押処分を違法ならしめるものではないと解すべきであり、また右甲第四二号証の存在と証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて成立を認め得る乙第五六号証と右証言ならびに弁論の全趣旨によれば原告瀬川定男関係分の差押書にも少くとも被告代表者理事長の記名は存在したと推認することができるから、この点に関する同原告の違法の主張も前同様理由がない。したがつてこの点に関する原告らの主張は失当である。
(五) 弁済供託の有無
原告らが、昭和三六年二月一七日、瀬川安次郎名義で、昭和三一年ないし同三五年度の区費賦課金の支払として合計金五万六、一〇五円を弁済供託したことは当事者間に争いがない。ところで、証人西村雄三郎(第一回)の証言によつて成立を認め得る乙第五五、五六号証によれば、本件差押処分の前提となつている原告らの滞納金は昭和三六年六月一二日現在で延滞金、督促手数料等を含め原告定男分が金六万二、三六〇円七六銭、原告安次郎分が金八万五、三三一円六四銭であるとされているのであるから、同年二月一七日現在では、その間の日歩金一〇銭の割合による延滞金だけ少い金額の各滞納金債務があるとされていたことが明らかであるところ、右各滞納金額(区費賦課金)の存否ないしその債務額の範囲について原告らにおいて別途に争い得るとしても、その債務額が確定されていないかぎり、被告改良区としては、すでにその認定にかかる右各滞納金全額について土地改良法第三九条第四、五項に基き滞納処分もなし得るのであるから、右各滞納金全額を支払うのでなければ、賦課金債務が消滅したということはできない。ところで原告瀬川定男本人尋問の結果(第二回)によるも、原告安次郎が供託した金五万六、一〇五円(原告両名の分として)は原告らにおいて賦課について異議のない土地の分のみの賦課金であるというのであるから、それが右各滞納金の一部に過ぎないことは明らかで、適法な弁済供託でないこと多言を要しない。したがつて賦課金債務は消滅していないのであるから、被告改良区のなした差押処分には何らの違法もないというべきである。もつとも被告改良区が昭和三七年六月一五日右供託金の還付を受けたことは当事者間に争いがないところであるが、証人西村雄三郎の証言(第一、三回)によつて真正に成立したものと認められる乙第七一、七二号証の各一、二と同人の証言によれば、被告改良区は、本件滞納処分後において公売代金から右供託金を差引計算して前記滞納金等に充当するため、右供託金の還付を受けたものであることが認められるが、滞納金徴収手続としての公売処分実施後にその配当手続の計算方法として右供託金の還付を受けたとしても、そのことによつて被告が供託原因事実を承認したことにならないし、したがつてこれにより原告らの滞納金債務のすべてが消滅したとすることができないこと多言を要しない。したがつてこの点に関する原告らの主張も理由がない。
(六) 延滞金の計算
原告らは、延滞金の計算は地方税法に準じて日歩三銭とすべきであるのに、これを日歩一〇銭としたのは違法であると主張するが、土地改良区がその組合員に対し賦課金等の強制徴収をなす場合に地方税の滞納処分の例による(土地改良法三九条)とされているのは、その徴収手続についてのことであり、延滞利息、過怠金等の徴収額は当該土地改良区の定款によつて独自にこれを定めることができるものと解するのが相当であるところ(前同法三七条の過怠金のなかには賦課金等にかかる延滞金を含む趣旨と解する。)、成立に争いのない乙第七四号証と証人西村雄三郎の証言(第三回)によれば、被告改良区の定款四八条には延滞利息は日歩一〇銭以内とされていることが認められるから、右利率の計算に違法はない。
(七) 超過差押の成否
およそ、滞納処分における差押物件の選択は、その価額が滞納額を著しく超過しない限り、一応徴収職員の自由な判断に委ねられているものと解すべきところ、成立に争いのない乙第五九、六〇、六一号証、証人西村雄三郎の証言(第一、三回)によつて真正に成立したものと認められる同第五八、六二、六三号証と同証言を綜合すると、本件差押物件の価額は反当り八万円ないし一〇万円が相当であると認められ、右認定に反する証人田渕多一郎、同三谷勝男、同多田友一の各証言、被告瀬川定男本人尋問の結果ならびに甲第二七号証の記載はいずれも措信できず、他に右認定に反する証拠はない。そうすると本件差押物件の価額が滞納額を著しく超過したものとは認め難いのでこの点に関する原告らの主張は理由がない。
3、公売処分の違法性
進んで、公売処分の違法事由の有無につき、判断を加えることとする。
(一) 公売通知の有無
原告らに対して昭和三六年七月一一日の公売通知がなされていないことは当事者間に争いないが、証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第六四、六五号証の各一、二、三、同第六六、六七号証と同証言を綜合すると、被告改良区は当初公売期日を昭和三六年七月一一日と定め、同年六月二四日これを公告していたが、原告らに対する右期日の公売通知が欠けていたことに気付き右期日の公売を中止し、改めて、同月二五日を公売期日と定め、同年七月一二日これを公告(もつとも公売再公告と題した)するとともに同日原告らに対してそれぞれその旨の公売通知をなしたこと(昭和三六年七月二五日の公売通知のあつたことは当事者間に争いない)が認められ、右認定に反する証拠はないから被告改良区の措つた処置には何らの違法はない。
(二) 見積価額の公告の有無
見積価額の公告は必ずしもそれのみの独立した公告をなさねばならないものではなく、公売公告中にこれをあわせてすることもできるものと解すべきところ、証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第六四、六五号証の各一、二、三と同証言によれば、被告改良区は、昭和三六年七月一二日の各公売公告中に見積価額をあわせて公告したことが認められ、右認定に反する被告瀬川定男本人尋問の結果は到底信用できず、他に右認定に反する証拠はない。
したがつてこの点に関する原告らの主張も失当である。
(三) 売却決定期日変更の適否
被告改良区が、さきに昭和三六年七月二五日と指定した売却決定期日を同年八月一日と変更し、同日売却決定がなされたことは当事者間に争いがないところ、証人西村雄三郎の証言(第一回)によつて成立を認め得る乙第六九、七〇号証と同証言(第三回)によれば右八月一日の売却決定期日は同年七月二五日の公売期日に被告改良区係員から入札者全員に対し同年八月一日に変更する旨告知され、同日原告らに対しても不動産の最高価申込者決定通知書をもつて右変更の事実を通知したことが認められ、現に公売期日(同年七月二五日)から起算して七日を経過した日に売却決定がなされている(国税徴収法一一三条)以上、右公売手続を違法とすべきいわれはない。
(四) 弁済の提供の有無
証人西村雄三郎(第一、二回)、同田渕多一郎(後記信用しない部分を除く)、同三谷勝男、同阿部甫の各証言を綜合すると、前記売却決定の前日である昭和三六年七月三一日、上板町長納田徳雄は、原告瀬川定男から本件賦課金一〇万五、〇〇〇円を納付したいから仲介の労をとつてくれるよう依頼を受け、同町吏員の三谷勝男にその折衝を一任したところ、三谷は翌八月一日被告改良区を訪れ、原告定男の意向により右金員を原告定男の長男で原告安次郎の養子である瀬川正昭名義で納付したい旨申し入れたこと、その際、係員の西村雄三郎は、原告らが瀬川正昭名義で代納することはかまわないが、領収書には原告定男分幾ら、同安次郎分幾らと明記したものを発行するが、そのことは了承されたいと被告改良区の見解を述べたところ、三谷はそれも無理からぬこととして、まさに承諾しようとしていたところ、遅れてその場に到着した原告定男は、「そのような明細を記載した領収書は受取れない。単に代納者瀬川正昭と記載しただけの領収書を発行してくれなければ、納付しない。」と強硬に主張して譲らなかつたため、右西村も原告定男に何か含むところがあるのではないかと警戒して、その主張を譲らず物別れとなり、結局納付に至らなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人田渕多一郎の証言は信用できず、他に右認定を動かすにたる証拠はない。右事実によれば、原告らは、ことさら自己の賦課金の承認を回避し、公売による不動産の権利移転を防ぐための便法として前記金員の支払をしようとしただけのことであつて、自己の滞納金として支払う意図はなかつたものと認めるほかないから、右金員につき適法な弁済の提供がなされたものといえず、この点に関する原告の主張は失当として排斥を免れない。
(五) 競落人の農地買受適格の有無
公文書であるから真正に成立したものと推定すべき乙第六八号証の二と証人西村雄三郎の証言(第一回)によれば、前記各公売において被告改良区が最高価申込者と定めた藤井博明は県知事の発行した適格証明書を所持して公売の申込(入札)をなしたもので、適式な農地買受適格者であつたことが認められる。かかる公売において徴収職員は他の行政庁の発した適格証明書が偽造であるとか、申込者にその適格のないことが明らかに判明し得る場合のほかは公売の申込を許容するほかはなく、したがつて公売の利害関係人は右の場合のほか、申込者が適格証明書取得について実質上の要件を欠くものであるとして公売の違法を主張することはできないものと解すべきである。(けだし農地買受適格の有無を判断し得るのは他の行政庁である県知事の専権に属し、徴収職員には実質上の判断をなす権限はないのである。)この点に関する原告らの主張はそれ自体失当というべきである。
(六) 公売価額の低廉
別紙第一目録ならびに同第二目録(二)記載の各土地が見積価額以下で公売されていることは当事者間に争いがない。およそ公売手続において見積価額を定めるべき旨が法定されている趣旨は、公売物件が不当に廉売されるのを防止するとともに公売の適正公明を期することにあるのであり、それは単なる売却予定価額ではなく最低売却価額の性質を有する絶体的な法定売却条件とみるべきものと解するのが相当である。したがつてその差額が如何に僅少であつても、右見積価額を下廻つてなされた右二筆の農地についての最高価申込者の決定ならびにこれに基く売却決定は違法であり、したがつてまたこの部分の公売処分は取消を免れない。しかしながらその余の一筆同所二番の一、田二畝一七歩については、前示(差押処分の違法(七))認定のように、公売物件の当時の価額は反当り八ないし一〇万円であると認められるところ、その公売価額も反当り八万円であつてこれが時価に比し著しく低廉であるとはいえないから、この点に関する原告安次郎の主張は理由がない。
(七) 談合の有無
原告主張の談合の事実は本件全証拠によつてもこれを認めることができず、かえつて証人西村雄三郎の証言(第三回)によればそのような事実はなかつたことが認められるから、原告の右主張は失当である。
(八) 公売調書作成の有無
公売処分の実施に当り、公売調書を作成する必要はなく、徴収職員がその調書を作成しなかつたからといつて、右処分の違法を招来するものということはできないからこの点に関する原告らの主張は理由がない。
(九) 競落代金納付の有無
原告らは、競落人藤井博明は納付期限の昭和三六年七月二七日までに買受代金を納付していないと主張するが、証人西村雄三郎(第一回)の証言によつて成立を認め得る乙第六九、七〇号証と同証言(第三回)によれば、公売公告に表示された昭和三六年七月二七日の納付期限は同月二五日の公売期日に被告改良区係員から入札者全員に対し売却決定の期日を同年八月一日に変更する旨口頭で告知され、同日原告らに対しても、その旨の通知がなされ、したがつて代金納付期限は右八月一日に変更(国税徴収法一一五条)されたものであるところ、右藤井は右納付期日に現に右代金を完納したことが認められるから、かりに右代金納付期限の変更に瑕疵があつたとしても、右瑕疵はすでに治癒されたものと解すべきである。
したがつて、この点に関する原告らの右主張も失当というべきである。
三、結論
以上説示のとおり、別紙第一目録ならびに同第二目録(二)記載の各土地に対する公売処分は違法であるから、これを取消し、その余の原告主張事実はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小川正澄 深田源次 磯部有宏)
(別紙)
原告両名
(請求の趣旨)
一、被告が原告瀬川定男に対して昭和三一年ないし同三五年各一、二期分被告土地改良区費の滞納処分として別紙第一目録記載の土地につき昭和三六年六月一三日なした差押処分および同年七月二五日なした公売処分を取消す。
二、被告は同目録記載の土地について昭和三六年六月一三日徳島地方法務局松島出張所受付第一、三九五号をもつてなされた差押登記の抹消登記手続をせよ。
三、被告が原告瀬川安次郎に対して昭和三一年ないし同三五年各一、二期分被告土地改良区費の滞納処分として別紙第二目録記載の土地につき昭和三六年六月一三日なした差押処分および同年七月二五日なした公売処分を取消す。
四、被告は同目録記載の土地について昭和三六年六月一三日徳島地方法務局松島出張所受付第一、三九六号をもつてなされた差押登記の抹消登記手続をせよ。
五、訴訟費用は被告の負担とする。
(請求原因)
一、原告両名は被告土地改良区の組合員である。
二、被告は昭和三六年六月一三日、原告瀬川定男の区費滞納金三万三、九〇〇円延滞金三万三、六五七円五三銭、督促手数料三六〇円、滞納処分費一二五円合計六万八、〇四二円五三銭の徴収のための滞納処分として原告定男所有の別紙第一目録記載の土地につき差押処分をなし、同日徳島地方法務局松島出張所受付第一、三九五号をもつて差押登記がなされた。
原告は右処分につき、昭和三六年六月二六日被告改良区に対して異議の申立をなしたが、翌二七日これを却下する旨の決定があり、同日その通知を受けた。
三、また、同日、原告瀬川安次郎の区費滞納金四万六、五八〇円、延滞金四万六、〇二六円五〇銭、督促手数料三六〇円、滞納処分費一二五円合計九万三、〇九一円五〇銭の徴収のための滞納処分として原告安次郎所有の別紙第二目録記載の土地につき差押処分をなし、同日徳島地方法務局松島出張所受付第一、三九六号をもつて差押登記がなされた。
原告は右処分につき昭和三六年六月二六日被告改良区に対して異議の申立をなしたが、翌二七日これを却下する旨の決定があり、同日その通知を受けた。
四、被告は昭和三六年七月二五日の公売期日に別紙第一、二各目録記載の土地を公売に付し、入札者藤井博明に対し、第一目録記載の土地を代金一一万四、一〇〇円、第二目録(一)記載の土地を代金二万三、二〇〇円、同(二)記載の土地を三万一、四〇〇円で各公売した。
五、右差押処分並びに公売処分には次の違法があるからその取消を求める。
1、賦課処分の違法性
賦課処分に違法があれば、これを前提としてなされた滞納処分は当然違法というべきであるから賦課処分の違法も滞納処分の違法(取消原因)として主張し得るものである。
(一) 被告は原告定男所有の板野郡西分字法帥窪二七番溜池一反二畝二四歩につき区費を賦課したが、右は農地ではなく溜池で被告改良区の施設を利用しておらないからこれに対する賦課処分は違法である。
(二) 区費は耕作者に対して賦課すべきであるのに、一部原告らが耕作していない土地に対して賦課した処分は違法である。
(三) 原告定男所有の同所二八、二九番の農地は低地で自然灌漑が困難であり当然三等地であるのにこれを二等地として賦課した処分は違法であり、また、原告安次郎所有の同所西分小路北の一九番、原告定男所有の同所二一番の二、二三番の一、二五番の三、二六番の三、四、三七番の一の田は従来一等地であつたが、終戦当時被告の前身である板名水利組合の管理が不充分であつたため排水の施設を欠くようになり、水稲の収穫も減少したので等級を改めるべきであるのにこれに対し従来どおり一等地として賦課した処分は違法である。
(四) 賦課金は昭和二九年一一月付被告改良区の定款に基づく区費賦課徴収規定によつて算出すべきところ、右計算の結果によると被告らに対する昭和三一年ないし同三五年各一、二期分の賦課金は原告定男分合計二万八、五四五円原告安次郎分合計四万二、四二九円となるべきところ、前記被告算出の賦課金額には違算があるからその賦課処分は違法である。
2、差押処分の違法性
(一) 被告は原告らに対し督促状を送達することなく差押処分をなした。
(二) 本件農地はいわゆる条件付差押禁止物件であり、農地を差押える場合には代替物件の提供をする選択権があるからその発動を促すため被告は予め原告らに対し農地を差押えるべきことを通知する義務があるのにこれを怠つた。
(三) 被告は本件差押につき差押調書を作成しておらず、かりに作成していたとしてもその謄本を原告らに送達していない。
(四) 被告作成の差押書には作成者の署名捺印がない。
(五) 昭和三六年二月一七日原告両名は合計五万六、一〇五円を弁済供託し、被告は昭和三七年六月一五日これを受領したから原告らの滞納金債務は消滅し、また延滞金、督促手数料、滞納処分費等の債務は発生していない。
(六) かりに延滞金債務があるとしてもこれは日歩三銭で計算すべきであるのに日歩一〇銭の計算は違法である。
(七) 本件差押物件は時価反当り三〇万円が相当であるところ、滞納額に比し著しく過大な物件の差押は違法である。
3、公売処分の違法性
(一) 昭和三六年七月一一日の公売通知書が原告らに送達されていない。
なお、昭和三六年七月二五日の公売通知書の送達は受けている。
(二) 見積価額が公告されていない。
(三) 昭和三六年七月二五日になすべき売却決定を何らの措置なくして同年八月一日午前一〇時と変更したのは違法である。
(四) 原告らは昭和三六年七月三一日、上板町長納田徳雄に対し、被告に弁済することを委託して当時の賦課金一〇万五、〇〇〇円を交付し、右町長は上板町農業委員会主任書記三谷勝雄を介して被告にこれを提供したから公売前に滞納金債務は消滅したのに、公売したのは違法である。
(五) 買受人藤井博明は農地法三条所定の農地買受適格を有しないものである。
(六) 公売価額は時価に比し著しく低廉で特に別紙第一目録および同第二目録(二)記載の土地については見積価額以下の価額で公売している。
(七) 買受人藤井博明と被告改良区の理事長である河野忠三郎とは以前から私的に特別な関係があり、公売手続中両者が談合した様子もあるから公正な公売処分ではない。
(八) 公売調書が作成されていない。
(九) 買受人藤井博明は期限の昭和三六年七月二七日までに買受代金を納付していない。
被告
原告両名の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
認める。
認める。
認める。
認める。
認める。
認める。
賦課処分は確定しているから本訴でこれを争い得ない。
公簿上溜池であることは認める。
右土地の実状は古くから内約一反歩は純然たる田であり、しかもそのうち五畝二四歩につき昭和一三年三月原告から被告改良区の前身である記念板名普通水利組合へ区域編入の申請をしており以来被告改良区になつてからも昭和三〇年までは異議なく区費を納入してきたものである。
原告らが耕作していない土地に区費を賦課したことはない。
等級は昭和三一年度の通常総代会で決定済みであり原告からの異議も等級改訂再審議委員会で却下され、前者は二等地、後者は一等地として等級確定している。
昭和三一年度からは昭和三〇年七月二〇日臨時総代会で改正された四階級の基準によつて賦課金を算出しているものでその賦課金額に違算はない。
被告は町吏員に委任して原告らにそれぞれ督促状を送達した。
被告は差押えに先だち何回となく区費の納付を督促したが原告らはこれに応ぜず、また代替物件を提供したことは一度もない。
被告は昭和三六年六月一二日本件差押につきその調書を作成した。
差押調書の謄本を原告らに送達する必要はなく、差押書は原告らに送達した。
差押書には記名捺印している。
かりに記名捺印がないとしても差押処分の効力に影響はない。
供託金の還付を受けたことは認めるが、供託原因事実を認めて受領したものではない。
被告改良区の定款四八条により延滞金は日歩一〇銭で計算すべきものである。
本件差押物件の価額は当時反当り時価八万円であつた。
認める。
昭和三六年七月二五日の公売通知書は原告らに送達した。
昭和三六年六月二四日および同年七月一二日見積価額を公告した。
期日を変更したことは認める。
認める。
瀬川正昭(原告定男の長男で当時八才位)が代位弁済するということであつたが原告は被告の発行する領収書には原告らの滞納金いくらと明記せず単に正昭宛の領収証でないと納付しないということで押問答のすえ結局納付に至らなかつたものである。
同人は自作地田一反九畝一二歩、畑九畝二八歩、小作地一反一畝二歩合計四反一二歩を耕作しており農地買受適格者である。
公売価額は時価相当である。
第一目録ならびに第二目録(二)記載の土地が見積価額以下で公売されていることは認めるがこの程度の瑕疵は公売処分取消事由に該当しない。
談合の事実はなく公正な公売である。
公売調書を作成する必要はない。
買受代金納付期日の昭和三六年八月一日に買受人藤井博明は右代金を納付した。
第一目録
板野郡上板町七条字挽木四番
一、畑 壱反四畝拾歩
内井溝 弐歩
第二目録
板野郡上板町七条字挽木弐番の壱
(一)、田 弐畝弐拾七歩
右同所参番の壱
(二)、田 参畝弐拾八歩
証拠関係<省略>